LARGE AS LIFE LOG

娘のこと、家族のこと、読書記録など、日常のふとしたことを記録していきたいと思います。

ありがとう、母ちゃん

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1月4日の午前、母が亡くなりました。

66歳でした。

3日の夜から発熱し、4日の朝、父のところにも電話があったようですが、
残念ながら、家族の誰も死に目に立ち会うことはできませんでした。

3年弱にわたる入院中は、父を中心に、
ほとんど毎日誰かしら顔を見に行っていましたが、
1月3日は、店もあり、見舞いには行けませんでした。

父は、これがとても心残りだったようですが、
毎日のように見舞いに来てくれて、母も幸せだったろうと思います。

前にも書いたように、入院中は何度となく危篤状態にはなったものの、
持ち前の気の強さで、その度に持ち直していました。

昨年の11月にも、そういう状態がありましたが、
その後はだいぶ元気になってきていて、
私が2日に会った時には、「拘束用の手袋を外せ」と、
言葉は出ませんでしたが、パンパン叩かれました。

帰り際には、珍しく、「握手」と言うので、
手袋の上から手を握って帰ってきました。

それが最後になってしまったので、
手袋ぐらい外してあげればよかったかな、とも思いますが、
外してしまうと、帰り際に、力ずくで手袋をしなくてはならず、
それがとても辛かったので、外さなくてよかったのでしょう。


母は、入院後の発作によって高次脳機能障害になってしまい、
もう昔通りの母ではありませんでした。

わがままだったり、怒りっぽくなったりしたこともあり、
病気だとわかっていても、こちらも頭に来ることもありました。

ですが、その分、たまに笑ってくれたりすると、とても嬉しかったです。


そういう意味で、自分の中では、だいぶ前に心の準備もできていたので、
遺体を目にしても、涙が出ることもありませんでした。

きっと、このまま泣くこともないんだろうな、と思っていたのですが、
湯かんの儀、告別式の日はダメでした。

自分でも驚きですが、告別式から2日経った今でも、時々涙が出そうになります。

金子家にお嫁に来て、大家族の中で、辛いこともあったでしょうが、
明るく元気にやってきたんだろうと思います。

だからこそ、うちの親戚には、母と同じ花の名前がつけられた女の子が2人もいるのでしょう。

脈略のない文章になってしまいました。

ずっとベッドの上で、辛かったね。

これからは、青空の向こうを自由に飛び回って、私たちを見守って下さい。

今まで本当にありがとう。

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テーマ:ありがとう - ジャンル:結婚・家庭生活

  1. 2012/01/13(金) 15:15:00|
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